118 遙拝所は大島だけではなかった!? 最終更新日:2025年5月28日 (ID:8307) 印刷 沖ノ島を望むための穴(北九州市若松区)大島には世界遺産の宗像大社沖津宮遙拝所がありますが、このほかにも遙拝所があったことを知っていますか。1つ目は、江口と上八(こうじょう)との間に位置する田野浜です。ここから大島と地島との間に沖ノ島を望むことができる遙拝所がありました。2つ目は、神湊です。神湊といっても釣川の河口と神湊の間くらいのところに中津宮遙拝所がありました。3つ目は、大島の南東側に位置する宮崎地区の弁財天を祭る境内に辺津宮遙拝所がありました。現地はいずれの場所も痕跡すら残っていませんが、そのことを記す江戸時代に書かれた簡単な絵図や資料が残されています。実は、宗像市外にも沖ノ島を望む遙拝所がありました。1つ目は、北九州市若松区の小竹の山の中にあります。ここは遥拝を目的とする境内として、鳥居や砂岩製の祠(ほこら)などが今も残されています。この祠の面白いところは、祠の背中の壁に直径20センチ程の穴が開いていて、そこから沖ノ島を望むことができていたようです。2つ目は、福岡市中央区にある西公園です。すでに遙拝所は残っていませんが「福岡城下町・博多・近隣古図」に奥津嶋御遙拝所址(おくつしまおんようはいしょあと)と記されています。実際に現地へ行くと、直下に都市高速道路が走り、奥に博多湾、さらに海の中道、その外海に相島、大島を望むことができます。沖ノ島を望む遙拝の文化は、江戸時代の筑前国領主であった黒田氏によって神聖な場であるという認識が一般的にも知られるようになり、飢饉(ききん)や疫病の流行もあいまって広まったのではないかとも考えられます。(文化財職員・岡)