第35回「人々の祈り」 最終更新日:2014年2月15日 (ID:4332) 印刷 願いのアイテム絵馬節分も過ぎ、暦の上では春。多くの学生にとっては、受験シーズンのまっただ中です。「苦しいときの神頼み」。各地の学業の神様「天神様」をはじめ、知恵の仏様「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)様」などに「神様!」「仏様!」と試験合格の祈願をする人の姿が増えてくるでしょう。今回は、その祈願時に使うアイテム「絵馬」について紹介します。願いのアイテム「絵馬」の起こり写真1 浜松市伊場遺跡出土(浜松市博物館蔵)「絵馬」と聞くと、五角形の板に自分の願い事を書いて、神社や寺などに奉納する小さなものを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、本来は、農耕などで貴重な動力として飼育している大切な馬を、神馬(じんめ)として、土地神や水神に奉納し、雨乞いや雨止めの祈願をしたことが起源です。雨乞いには黒毛馬、雨止めには白毛馬を奉納していました。いつの頃からか、これが、板に描いた馬に変わっていったのです。写真1は、浜松市博物館に収蔵されている「伊場遺跡」から出土したもので、奈良時代の終わり。平安時代の初め(8世紀末)ごろのものと考えられています。今の絵馬と違い、五角形ではなく、高さが10センチ程の四角の板に、躍動感にあふれた裸馬が描かれています。上部にはひも掛け用の孔(あな)も開けられていて、何かにつるして使われていたと考えられます。この絵馬は、日本最古級のもので、現在、静岡県の指定文化財となっています。人々の祈り写真2 黒毛馬の絵馬(ハ所宮蔵)私たちの身辺では、神社や寺などに奉納されている絵馬をよく目にすることができます。例えば、写真2です。これは、吉留地区にある八所宮に奉納されている絵馬です。額縁には享保と読み取れる文字が書いてあり、江戸時代中期のものだということが分かります。享保年間(1716年から1736年)といえば、冷夏などの天候不順や、火山の爆発などの天変地異で農作物がとれず、大飢饉(ききん)があった時代です。あらためて、八所宮に奉納されている絵馬を見ると、長方形に組み合わされた大きな板に、雨乞いをするときに奉納する黒毛馬が堂々と描かれています。この絵馬からは、吉留地区の人々が、天候不順の中で、農作物がとれるよう、切なる願いを込めて神様に絵馬を奉納し、雨乞いをしたであろう、往時の風景がよみがえってきます。私たちの身近にある絵馬には、過去に生きた人々の祈りや、生活をしたメッセージとして、目に見える形で現在によみがえらせ、伝えるアイテムとしての魔法のような力があるのです。みなさんも、神社や寺などに足を運び、奉納されている絵馬をちょっとだけ眺めてみてはいかがでしょうか。過去からの思わぬメッセージと共感する何かが、発見できるかも知れません。(文化財職員・安部裕久)
願いのアイテム絵馬節分も過ぎ、暦の上では春。多くの学生にとっては、受験シーズンのまっただ中です。「苦しいときの神頼み」。各地の学業の神様「天神様」をはじめ、知恵の仏様「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)様」などに「神様!」「仏様!」と試験合格の祈願をする人の姿が増えてくるでしょう。今回は、その祈願時に使うアイテム「絵馬」について紹介します。願いのアイテム「絵馬」の起こり写真1 浜松市伊場遺跡出土(浜松市博物館蔵)「絵馬」と聞くと、五角形の板に自分の願い事を書いて、神社や寺などに奉納する小さなものを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、本来は、農耕などで貴重な動力として飼育している大切な馬を、神馬(じんめ)として、土地神や水神に奉納し、雨乞いや雨止めの祈願をしたことが起源です。雨乞いには黒毛馬、雨止めには白毛馬を奉納していました。いつの頃からか、これが、板に描いた馬に変わっていったのです。写真1は、浜松市博物館に収蔵されている「伊場遺跡」から出土したもので、奈良時代の終わり。平安時代の初め(8世紀末)ごろのものと考えられています。今の絵馬と違い、五角形ではなく、高さが10センチ程の四角の板に、躍動感にあふれた裸馬が描かれています。上部にはひも掛け用の孔(あな)も開けられていて、何かにつるして使われていたと考えられます。この絵馬は、日本最古級のもので、現在、静岡県の指定文化財となっています。人々の祈り写真2 黒毛馬の絵馬(ハ所宮蔵)私たちの身辺では、神社や寺などに奉納されている絵馬をよく目にすることができます。例えば、写真2です。これは、吉留地区にある八所宮に奉納されている絵馬です。額縁には享保と読み取れる文字が書いてあり、江戸時代中期のものだということが分かります。享保年間(1716年から1736年)といえば、冷夏などの天候不順や、火山の爆発などの天変地異で農作物がとれず、大飢饉(ききん)があった時代です。あらためて、八所宮に奉納されている絵馬を見ると、長方形に組み合わされた大きな板に、雨乞いをするときに奉納する黒毛馬が堂々と描かれています。この絵馬からは、吉留地区の人々が、天候不順の中で、農作物がとれるよう、切なる願いを込めて神様に絵馬を奉納し、雨乞いをしたであろう、往時の風景がよみがえってきます。私たちの身近にある絵馬には、過去に生きた人々の祈りや、生活をしたメッセージとして、目に見える形で現在によみがえらせ、伝えるアイテムとしての魔法のような力があるのです。みなさんも、神社や寺などに足を運び、奉納されている絵馬をちょっとだけ眺めてみてはいかがでしょうか。過去からの思わぬメッセージと共感する何かが、発見できるかも知れません。(文化財職員・安部裕久)