119 郷土部隊の足跡を追って 最終更新日:2026年6月2日 (ID:10050) 印刷 行軍する郷土部隊・歩兵第124連隊(杉江勇『福岡連隊史』より)アジア・太平洋戦争では、日本だけでも約310万もの人が命を落としたとされています。しかし、宗像では空襲のような戦争の直接的な被害が伝わっていません。戦争と関わりが少ない地域だったのでしょうか。それを知るためのキーワードが「郷土部隊」です。郷土部隊とは、日本陸軍が各地に設置した歩兵連隊のことで、一般的に連隊を構成する兵士が地元出身者だったためそう呼ばれました。福岡市の福岡城跡にも歩兵連隊(福岡連隊)の駐屯地が置かれ、ここに宗像からも徴兵検査を経た青年らが多く入営しました。福岡連隊は、明治19年(1886)に歩兵第24連隊が駐屯して以来、昭和12年(1937)から始まった日中戦争前後の戦線拡大とともに新たな連隊もつくられ、満洲、中国、南方とさまざまな方面に投入されました。現在、郷土部隊に加わった宗像出身兵士の総数は分かっていませんが、日中戦争以降の戦没者数が2200人以上(戦没日不明を含むと2700人以上)であることが戦没者名簿の調査で分かりました。多くの戦没者には、戦没した年月日や大まかな場所の記録があります。時系列で見ると、補給が途絶えた悲惨な戦場として有名なガダルカナル島(餓島〈がとう〉)やビルマ(白骨街道)で宗像出身兵士が多く戦死した状況が分かってきました。さまざまな資料に残された郷土部隊の足跡を追うことで、宗像から出征し故郷に帰ることのなかった兵士たちの行方も見えてくるのです。8月2日(土曜日)から始まる海の道むなかた館特別展で郷土部隊の足跡を追い、戦争と宗像の関わりを考えてみませんか。(文化財職員・池田)