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時間旅行ムナカタ第24回 弥生の田熊石畑遺跡へGO!

更新日:2015年03月18日

第24回

前回に引き続き、平成20年に発掘され、現在歴史公園としての整備が進む田熊石畑遺跡の近くに住む、架空の小学6年生カイトくんが、弥生時代にタイムスリップした設定で物語風に紹介します。

前回までのあらすじ

田熊石畑遺跡の近くに住む小学6年生のカイトくんは、バッタを追いかけて遺跡の中へ迷い込み2200年前へタイムスリップ。そこで、親切な話好きの弥生人、クマヒコさんと知り合い、村の案内をしてもらうことになりました。クマヒコさんはまず、村の重要な施設である川沿いの船着場へカイトくんを案内しました。

松本川が弥生の船着場?

松本川が弥生の船着場クマヒコさんが指さす川が、ぼくの知っているコンクリートに固められた松本川の昔の姿だなんて信じられなかった。川岸の小さな入り江には数隻の丸木舟が着いたばかりのようで、積み荷を下ろす人たちでにぎわっていた。荷物は釣川の支流沿いで収穫された米やクリなどの木の実で、すぐそばにある深い溝と柵でかこまれた施設の中へ運ばれていった。

佐賀の吉野ケ里遺跡で見たことがある集落を守る環濠(かんごう)みたいだ。でもクマヒコさんは、この中にはいくつもの地下倉庫(貯蔵穴・ちょぞうけつ)が造られていて、村の大事な食料を守るための施設で人は住んでいないと教えてくれた。

弥生人のごちそう

弥生人のごちそうクマヒコさんから「おなかがすいていないか」と聞かれ、ぼくは素直に「はい」と言うと、すぐさまクマヒコさんの家に招待され、食事をごちそうしてくれた。炉(ろ)にかけられた甕(かめ)には、ヒエやアワなどの雑穀と米を煮たおかゆが湯気を立てていた。木製のスプーンで一口食べると、味は薄いけれど自然な甘みがしてとてもおいしい。

クマヒコさんは「この時代の主食は雑穀入りのおかゆだが、村の祭りの時には米を蒸して食べるんだよ」と教えてくれた。ぼくは、祝いの時に食べるおこわや赤飯と同じようだなと思った。

おかずは川魚やイノシシの肉を焼いたものの他、ここは海が近いのでクロダイやヒラメ、サザエやアサリなども手に入るが、冬場の食べ物の少ないときは魚や肉のくん製など、保存食で我慢することもあると教えてくれた。

村長に会う

村長に会うクマヒコさんの紹介で、この村のリーダーである村長(むらおさ)に会うことができた。村長は、上品な顔立ちのおじいさんで、最近の村の様子を話してくれた。宗像の地は、西側の奴国(なこく・福岡市近辺)という大きな国の勢力圏に接しているけれど、お互いあまり仲が良くないらしい。村長は、奴国では死者は「甕棺(かめかん)」という大きな甕の棺(ひつぎ)に納められるが、この地より東の地域では「木棺(もっかん)」が身分の高い人の棺で、奴国の甕棺なんて、この地に持ち込ませはしないと怒っていた。

村長は最後に、ピカピカと金色に光る青銅の剣を見せ、「昔の戦で残念ながら根元が欠けてしまったが、私が死んだら一緒に墓に入れることになっている」と言った。クマヒコさんは、この剣は北部九州の村の、限られた有力者だけが所有しているが、この村では独自のルートで何十本と手に入れることができたのだと誇らしげに話した。

別れ

日が暮れはじめ、そろそろこの世界との別れが迫っているみたいだ。タイムスリップの道案内をしたバッタが草むらで待っている。名残惜しいけれど、クマヒコさんに何度もお礼を言ってバッタの後を追った。

時空を超える瞬間、後ろを振り返ると、ラジオ体操のように大きく手を振るクマヒコさんは、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

【おわり】

(文化財職員・白木英敏)

このページに関する問い合わせ先

市民協働環境部 郷土文化課
場所:海の道むなかた館
電話番号:0940-62-2600
ファクス番号:0940-62-2601

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