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未来につなごう私達の宝「宗像・沖ノ島と関連遺産群」を世界遺産に

宗像大社

宗像大社は、沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮、田島の辺津宮の三宮で構成されています。
いずれの境内も、「宗像神社境内」として昭和46年4月22日に国の史跡に指定されています。

 

宗像大社 沖津宮
祭神:田心姫神
 沖津宮の社は、島の南西側に所在し、昔から船が上陸可能な浜から登って、標高90m前後のところにあります。社の周りには、古代の祭場が今も自然のままに残されています。
 沖ノ島の周辺を漁場とする漁師は、豊漁と漁の安全を願う意味を込めて、沖津宮に魚を捧げます。沖ノ島は、漁師にとって重要な島であり、今も篤く信仰されています。
宗像大社 中津宮
祭神:湍津姫神(本殿は県指定建造物)
 中津宮は、大島の南側にあり、その境内には、天の川伝説で有名な七夕祭りが毎年8月7日に開催されます。
 本殿は、鰹木の形状や建立時期などから県指定建造物となっています。
 大島の北側には、沖津宮遥拝所があり、通常、渡ることのできない沖ノ島の沖津宮をここから拝みます。遥拝所も宗像神社境内として国指定史跡です。
宗像大社 辺津宮
祭神:市杵島姫神(本殿拝殿は国指定重要文化財)
 辺津宮本殿は、宗像の領主で宗像社最後の大宮司だった宗像氏貞によって天正六年(1578) に再建されました。また、拝殿は小早川隆景によって天正十八年(1590) に再建され、現在どちらも国指定重要文化財です。
 辺津宮の奥にある高宮祭場は、露天の祭場で、沖ノ島の露天祭祀から出土している滑石製品などと同種のものが出土しています。
宗像大社のお祭り

5月27日沖津宮現地大祭
5月27日は、日露戦争(日本海海戦)の慰霊のため、沖ノ島で現地大祭が行われます。このとき、一般の男性が唯一沖ノ島へ渡ることができます。

10月1日みあれ祭
(中世の御長手神事)を復興
10月1日に行われる「みあれ祭」は、地元七浦の漁師たちが大島と沖ノ島の女神様をお迎えする勇壮な祭りです。


日常は、交通安全の神様として船舶はもちろん航空、鉄道、運輸関係者等から厚く信仰されています。

 

古代宗像氏の古墳群

東郷高塚古墳(宗像市)
 東郷高塚古墳は、昭和38年日の里団地造成に伴い発見され、現在公園として保存されています。4世紀後半に築造されたこの古墳は、宗像の内陸部において農業基盤を背景として勢力を持った豪族の墓と考えられます。
 埋葬部分は、割竹形木棺を、粘土で包み込む構造で、九州内でも最大級の規模です。副葬品はヒスイ製勾玉・碧玉製管玉・鉄器片などが出土しています。
桜京古墳(宗像市)国指定史跡
 桜京古墳は、宗像地域で唯一の装飾古墳です。古墳は、長さ39 mの前方後円墳です。石室の奥壁には、石屋形が組み込まれ、石屋形の柱や奥壁に三角形を連続した装飾が施されています。
 装飾古墳は、主に肥後や筑後地域に多く見られ、近隣には、桂川王塚古墳(桂川町)や竹原古墳(宮若市)があります。当古墳もこうした地域からの影響を受けて築造されたものと考えられます。
津屋崎古墳群(福津市)国指定史跡
 津屋崎古墳群は、平成17年3月2日に国指定史跡となりました。津屋崎古墳群は、北から勝浦、新原・奴山、生家、大石、須多田、在自、宮司、手光の地域にそれぞれ築かれ、古代胸形氏(宗像氏)の墓と考えられます。玄界灘に面した丘陵上に分布しており、宗像の海域を航行する船舶を監視するかのように累々と築かれています。


宮地嶽古墳(福津市)国指定史跡
 宮地嶽古墳は、宮地嶽神社の奥に所在する円墳で、日本で2番目に長い石室を有します。古墳からは金銅製壷鐙や鞍金具・杏葉・冠・緑ガラス板など最高級の品々が出土し、国宝に指定されています。
手光波切不動古墳(福津市)市指定史跡
 手光波切不動古墳は、宗像地域の中で最も新しい古墳で、その後、古墳は築造されていません。
 当時の状況を記す日本書紀に天武天皇の后として胸形君徳善の娘、尼子娘を娶るとあります。
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