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宗像地域の古墳

東郷高塚古墳(とうごうたかつかこふん):4世紀後半

宗像地域最古級の前方後円墳

4世紀後半の築造。宗像の基礎を築いた首長の墓と考えられる。主体部は粘土槨で、上面には赤い顔料が塗られ、中には割竹形木棺が納められていた。

東郷高塚古墳(とうごうたかつかこふん):4世紀後半

勝浦井ノ浦古墳(かつうらいのうらこふん)5世紀中頃

出土遺物が豊富で、石室内から大刀、鉄矛(てつほこ)、短甲(たんこう)、挂甲(けいこう)などの武器・武具類、三環鈴(さんかんれい)、杏葉(ぎょうきょう)、壷鐙(つぼあぶみ)などの馬具類、工具類、装身具類などが出土しました。馬具のうち三環鈴の出土は珍しく、一説によれば朝鮮出兵に際しての将軍のシンボルとも考えられています。

勝浦峯ノ畑古墳(かつうらみねのはたこふん):5世紀中頃

石室内からは画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)、連弧文鏡(れんこもんきょう)、珠文鏡(しゅもんきょう)など7面の鏡、六角装大刀(ろっかくそうたち)40点、短甲(たんこう)、10,000点以上のガラス玉など多量の遺物が出土しています。これらの副葬品は沖ノ島7、8号遺跡にも対比できる内容であり、この古墳の被葬者と沖ノ島祭祀とのかかわりをうかがわせます。

新原・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)

発掘調査が行われたものには1〜6号墳、44・45号墳、49〜59号墳があります。1号墳は全長50mの前方後円墳で、勝浦峯ノ畑古墳に似た古式の横穴式石室がありました。5号墳は直径13mの円分で、皮袋形土器(かわぶくろがたどき)が出土しています。44号墳は直径15mの円墳で、石棚をもつ横穴式石室の中からは朝鮮半島的な鉋形鉄製品(かんながたてつせいひん)や国内最大の鋸(のこぎり)などの希少な遺物が出土しています。49号墳は直径12mの円墳で、珍しい三連ハソウ(さんれんはそう)が出土しました。

宮司井手ノ上古墳(みやじいのでのかみこふん):5世紀前半

竪穴式石室からは金銅製鈴(こんどうせいすず)、ガラス小玉等が、箱式石棺からは人骨とともに短甲(たんこう)、刀剣類、鉄鏃(てつぞく)、鉄製農工具類などの豊富な副葬品が出土しています。

須多田天降天神社古墳(すだたあまふりじんじゃこふん):6世紀前半

高坏形器台(たかつきがたきだい)、円筒埴輪(えんとうはにわ)、形象埴輪(けいしょうはにわ)などが出土しています。

須多田ミソ塚古墳(すだたみそづかこふん)6世紀中頃〜後半

須恵器(すえき)の脚付壷(きゃくつきつぼ)や脚付ハソウ(きゃくつきはそう)などが出土しています。

須多田下ノ口古墳(すだたしものくちこふん):6世紀後半

須恵器(すえき)の高坏(たかつき)や甕(かめ)が出土しています。

宮地嶽古墳(みやじだけこふん)

昭和9年(1934)、昭和26年(1951)には古墳の周辺から豪華な副葬遺物が発見されました。金銅装頭椎大刀(こんどうそうかぶつちのたち)、金銅鞍金具(こんどうくらかなぐ)・金銅壺鐙(こんどうつぼあぶみ)などの馬具類、金銅透彫冠(こんどうすかしぼりかん)、蓋付銅鋺(ふたつきどうわん)、銅盤(どうばん)、琉璃板(るりいた)、琉璃丸玉(るりまるだま)などがあり、すべて国宝に指定されています。また昭和13年(1938)には古墳の近くで火葬墓が発見され、銅壺(どうつぼ)と琉璃壺(るりつぼ)が出土しました。同じく国宝に指定されています。

桜京古墳(さくらきょうこふん):6世紀後半

宗像地域唯一の装飾古墳

6世紀後半の前方後円墳。長さ39m。複室の横穴式石室が築かれ、その石室内の石屋形の支柱石及び奥壁には、縦横及び斜めの線刻による連続三角文の区画がされ、それぞれ、赤青黄の三色の顔料で塗り分けられている。

桜京古墳(さくらきょうこふん):6世紀後半桜京古墳(さくらきょうこふん):6世紀後半
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