A.鐘崎コース
〜宗像の海人(あま)のあとをたずねる〜
鐘崎は玄界灘と響灘を分ける岬で、地島(じのしま)との間に暗礁が広がり、昔から航海の難所であるとともに、海上交通の要所であった。万葉集にも「ちはやぶる金の岬を過ぎぬとも我は忘れじ志賀の皇神(すめかみ)」と歌われている。
縄文時代の鐘崎(上八(こうじょう))貝塚や、海神を祭る織幡神社からも、この地区には古くから海人が住み続けてきたことが窺(うかが)える。
宗像市民俗資料館では日本海側の海女の発祥の地とされる鐘崎海女の中世以来の活躍振りを知ることができる。
また鐘崎背後の湯川山と、これに続く孔大寺(こだいし)山との間の垂見(たるみ)峠は、古代からの重要な道であり、平家落人(おちうど)の伝説が残っている。
JR赤間駅、東郷駅から西鉄バス鐘崎車庫か京泊行きに乗車
| 史跡など |
案内 |
| 織幡神社 |
(西鉄、ふれあいバス)京泊バス停から150m。鐘崎車庫バス停から1q |
| 泉福寺 |
(西鉄、ふれあいバス)鐘崎車庫バス停からすぐ |
| 宗像市民俗資料館 |
(西鉄バス)民俗資料館前バス停からすぐ |
| 鐘崎(上八)貝塚 |
(西鉄、ふれあいバス)上八バス停から200m |
| 宗像氏貞の墓 |
(西鉄、ふれあいバス)門前バス停から400m |
| 承福寺 |
(西鉄、ふれあいバス)門前バス停から900m。氏貞の墓から500m |
| ※: |
鐘崎車庫行きの西鉄バスは宗像市のJR駅(東郷・赤間・教育大前駅)からのほか、赤間営業所発があります。本数が少ないため一部記載していないものもあります。
|
鐘崎コース
〜宗像の海人のあとをたずねる〜
| 史跡など |
案内・表示の有無 |
施設の有無 |
| 道路 |
境内など |
駐車場 |
トイレ |
売店・食堂 |
| 織幡神社 |
|
○ |
○ |
|
|
| 泉福寺 |
|
○ |
○大 |
○ |
|
| 宗像市民俗資料館 |
|
○ |
○大 |
○ |
|
| 鐘崎(上八)貝塚 |
|
○ |
|
|
|
| 宗像氏貞の墓 |
○ |
○ |
|
|
|
| 承福寺 |
|
○ |
○ |
|
|
| ※: |
駐車場「○」は普通車駐車可・「○大」は大型車も駐車可。 |
B.宗像大社コース
〜宗像のみなもとをたどる〜
宗像は神の郷である。戦国時代までの宗像の歴史は、ほとんど宗像大社の歴史と言ってもよい。
日本書紀などの神話は、宗像地方を経由する海上交通のルートが、建国直後の大和王権の生命線であったことが考えられる。
沖ノ島の祭祀遺跡の豪華な出土品がこれを裏付けている。7世紀半ば、宗像郡は律令体制の例外である神郡(*)となったが、これは全国八神郡の中でも最も早かった。
神郡の特権が廃止された後、10世紀には大宮司職が置かれ再び宗像神社の宮司は小領主化した。
現在の宗像大社辺津宮のたたずまいや神宝館の宝物などに、宗像の神とそれを祭る宗像氏の栄光のあとを窺(うかが)うことができる。
周辺の神社仏閣にも宗像氏との強い関わりが伝えられている。
そして神湊(こうのみなと)は大島から沖ノ島への神の道の港であり、桜京古墳はその港を見下ろす丘に築かれている。
*:神郡とは、古代律令制下の郡司が祭祀権を持つ特別な郡。649年までに全国に7社8郡が成立していた。宗像郡は最も早かったと推測されます。800年にこの制度は廃止されました。
JR東郷駅から西鉄バス神湊波止場行きに乗車。
| 史跡など |
案内 |
| 宗像大社 |
(西鉄バス)宗像大社前バス停からすぐ |
| 氏八満社 |
(西鉄バス)福田バス停で下車。信号のあるT字路より150m交差点右折 |
| 興聖寺 |
(西鉄バス)福田バス停で下車。信号のあるT字路より150m交差点左折100m先 |
| 鎮国寺 |
宗像大社からアクシス玄海前の信号右折。釣川を渡り右折100m先に山門 |
| 隣船寺 |
(西鉄バス)神湊バス停から100m |
宗像大社コース
〜宗像のみなもとをたどる〜
| 史跡など |
案内・表示の有無 |
施設の有無 |
| 道路 |
境内など |
駐車場 |
トイレ |
売店・食堂 |
| 宗像大社 |
○ |
○ |
○大 |
○ |
○ |
| 氏八満社 |
|
|
|
|
|
| 興聖寺 |
|
|
|
|
|
| 鎮国寺 |
○ |
○ |
○大 |
○ |
○ |
| 隣船寺 |
|
○ |
○ |
|
|
| ※: |
駐車場「○」は普通車駐車可・「○大」は大型車も駐車可。 |
C.山田地蔵尊コース
〜宗像大宮司家の栄光と悲劇〜
宗像大宮司家は、12世紀から600年にわたり白山(はくさん)山頂に居城を置いてきた。
この間しばしば大宮司の継承を巡る争いがあったが、最後の跡目争いの惨劇と、その後の怨霊怪異談が白山の麓の山田地蔵尊に伝えられている。
白山城はまた、日本史上非常に重要な役割を演じたことがある。京から数十騎で落ち延びてきた足利尊氏を、時の大宮司氏範(うじのり)はこの城に受け入れ武具を与えた。
尊氏は大宮司家の援軍の力を借りて菊池氏の大軍に奇跡的な勝利を収め、やがて室町幕府を開くことになる。まさにこの地で「歴史が動いた」のである。
山田地蔵尊には足利尊氏が腰かけたとされる石があります。
-
| 史跡など |
案内 |
| 白山城址 |
近くにバス停なし |
| 山田(地蔵尊)増福院 |
近くにバス停なし |
| 横山観音 |
近くにバス停なし |
| 正法寺 |
赤間営業所から西鉄バス利用。旧3号線陵厳寺バス停下車700m |
| 梅谷寺観音堂 |
東郷駅西口から西鉄バス利用。村山田で下車300mで宗念寺さらに山道500m |
| 用山阿弥陀如来坐像 |
東郷駅からふれあいバスを利用。用山バス停で下車500m |
山田地蔵尊コース
〜宗像大宮司家の栄光と悲劇〜
| 史跡など |
案内・表示の有無 |
施設の有無 |
| 道路 |
境内など |
駐車場 |
トイレ |
売店・食堂 |
| 白山城址 |
|
○ |
○大 |
○ |
|
| 山田(地蔵尊)増福院 |
○ |
○ |
○大 |
○ |
|
| 横山楠 |
|
○ |
|
|
|
| 正法寺 |
|
○ |
○ |
|
|
| 梅谷寺観音堂 |
|
○ |
|
|
|
| 用山阿弥陀如来坐像 |
|
○ |
|
|
|
| ※: |
駐車場「○」は普通車駐車可・「○大」は大型車も駐車可。 |
D.八所宮・赤間宿コース
〜赤間宿の繁栄のあとを見る〜
赤間宿付近は唐津街道が芦屋往還(*)と木屋瀬(こやのせ)に出る中往還との分岐点に当たり、江戸時代から明治時代にかけて商業の中心として繁栄した。
古代の建物跡が芦屋往還に沿って出土することなどから、その歴史はさらにさかのぼると考えられている。
宗像大社に劣らない古い歴史を持つと思われる八所宮の存在も、古代の交通の要所としてのこの地域の重要性を示すものであろう。
赤間には、現代の偉人出光(いでみつ)佐三がいたことも忘れることができない。
わたしたちが知っている現在の宗像大社の姿や、神宝館とその宝物も、佐三氏がいなかったら見られなかったかもしれない。
*:往還とは、街道と同じ意味。街道より短い部分に使われています
赤間宿はJR教育大前駅を、八所宮は西鉄バス赤間営業所から直方行きを利用。
| 史跡など |
案内 |
| 八所宮 |
(西鉄バス)吉留バス停から1000m |
| 長宝寺観音堂 |
八所宮から200m |
| 平家二位の尼の墓 |
(西鉄バス)吉留バス停から400m |
| 早川勇の像 |
(西鉄バス)吉留バス停から100m |
| 須賀神社 |
JR教育大前駅から100m |
| 五卿西遷の碑 |
JR教育大前駅から200m |
| 唐津街道・赤間宿 |
JR教育大前駅からすぐ |
八所宮・赤間宿コース
〜赤間宿の繁栄のあとを見る〜
| 史跡など |
案内・表示の有無 |
施設の有無 |
| 道路 |
境内など |
駐車場 |
トイレ |
売店・食堂 |
| 八所宮 |
○ |
○ |
○大 |
○ |
|
| 長宝寺観音堂 |
|
○ |
|
○ |
|
| 平家二位の尼の墓 |
|
○ |
|
|
|
| 早川勇の像 |
|
○ |
○ |
|
|
| 熊越池公園 |
|
|
○ |
○ |
|
| 須賀神社 |
|
○ |
|
|
|
| 五卿西遷の碑 |
|
○ |
|
|
|
| 唐津街道・赤間宿 |
|
○ |
|
|
|
| ※: |
駐車場「○」は普通車駐車可・「○大」は大型車も駐車可。 |
E.唐津街道・原町(はるまち)コース
〜街道の昔をしのぶ〜
赤間地区の唐津街道の繁栄は、赤間宿を出てからも続く。
この街道は豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に整備させたと伝えられる。
原町付近の街道沿いには、古い町並みがよく保存されており、大名行列が通ったかつての姿をしのばせる。
山深い大穂(おおぶ)の里で出会う宗生寺(そうしょうじ)の落ち着きのあるたたずまいは、いつも新鮮な驚きを感じさせる。
唐津街道・原町コース
〜街道の昔をしのぶ〜
| 史跡など |
案内・表示の有無 |
施設の有無 |
| 道路 |
境内など |
駐車場 |
トイレ |
売店・食堂 |
| かのこの里 |
|
|
○大 |
○ |
○ |
| 唐津街道・原町 |
|
|
|
|
|
| 太閤橋 |
|
|
|
|
|
| 宗生寺 |
|
○ |
○ |
○ |
|
| 馬頭観音堂 |
|
○ |
|
|
|
| ※: |
駐車場「○」は普通車駐車可・「○大」は大型車も駐車可。 |
F.古墳・遺跡コース
〜宗像のいにしえを探る〜
縄文時代には、現在の釣川の流域に深く海が入り込んでいたことが分かっている。
その頃、宗像地方に住んでいた人は多くなかったらしい。弥生時代に入ってその入り江が陸地化していくと、釣川とその支流を見下ろす丘陵に、多くの集落や墓地が築かれるようになる。
朝町竹重遺跡は保存されている数少ない弥生遺跡のひとつである。
古墳時代に入ると、この地域にも東郷高塚の前方後円墳をつくった有力者が現れ、やがて沖ノ島の祭祀が始まる。
それ以降、古墳時代を通じて、宗像地方には福岡県内でも際立って数多くの古墳が築かれている。
-
| 史跡など |
案内 |
| 久原遺跡 |
JR東郷駅日の里口から西鉄バス赤間駅南口行、または赤間(営)行き。もしくはJR赤間駅南口から東郷駅行きを利用し宗像ユリックス前バス停下車 |
| 東郷高塚古墳 |
JR東郷駅日の里口から西鉄バスを利用。日の里3丁目バス停下車200m |
| 宗像高校四塚会館展示室 |
旧3号線のJR赤間駅か東郷駅東口から西鉄バス利用。宗像警察署前下車100m |
| 浜宮貝塚 |
東郷駅前から西鉄バス神湊波止場行きを利用。神湊入口バス停下車300m |
| 平等寺瀬戸遺跡 |
近くにバス停なし |
| 名残高田遺跡公園 |
JR赤間駅南口か天神バスセンターから西鉄バス日赤看護大学行きまたは広陵台児童公園行きで広陵台中央公園前バス停で下車 |
| 名残伊豆丸古墳 |
上記バスで葉山2丁目バス停から徒歩600m。名残公民館前 |
| 朝町竹重遺跡 |
赤間駅南口で西鉄バス朝野第二行きを利用。朝野第二バス停から500m |
古墳・遺跡コース
〜宗像のいにしえを探る〜
| 史跡など |
案内・表示の有無 |
施設の有無 |
| 道路 |
境内など |
駐車場 |
トイレ |
売店・食堂 |
| 宗像ユリックス |
○ |
|
○大 |
○ |
○ |
| 久原遺跡 |
|
○ |
|
|
|
| 東郷高塚古墳 |
|
○ |
|
|
|
| 宗像高校四塚会館展示室 |
|
○ |
○大 |
○ |
|
| 浜宮貝塚 |
|
|
|
|
|
| 平等寺瀬戸遺跡 |
|
○ |
|
|
|
| 名残高田遺跡公園 |
|
○ |
|
|
|
| 名残伊豆丸古墳 |
|
|
○ |
|
|
| 朝町竹重遺跡 |
|
○ |
○ |
|
|
| ※: |
駐車場「○」は普通車駐車可・「○大」は大型車も駐車可。 |