宗像大社(むなかたたいしゃ)

古代より道の神様として信仰されている宗像大社。
その名は、日本書紀にも記されています。遠く大陸に渡った遣唐使なども航海安全の為に必ず参拝をしていました。
このように交通安全の最高の守護神として宗像さまは、今も人々から篤く崇拝されています。
宗像大社は、沖津宮には田心姫神(たごりひめのかみ)、中津宮には湍津姫神(たぎつひめのかみ)、辺津宮には市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)がそれぞれお祀りされています。
この三宮を総称して宗像大社と言います。
0940-62-1311(代表)
福岡県宗像市田島2331
鎮国寺(ちんこくじ)

鎮国寺は弘法大師(空海)が中国より帰朝した大同元年(806年)日本で最初に創建したと伝えられるお寺です。
宗像大社の神宮寺として栄え、七堂伽藍(がらん)を構えています。寺には、弘法大師の作と伝えられる「不動明王立像」(国指定重要文化財)、五仏堂(県指定文化財)、護摩堂などがあります。
毎年4月28日に行われる
柴灯大護摩供(さいとうおおごまく)には、不動明王のご開帳、火渡りの行事が行われ、一万人もの人々で賑わいます。
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0940-62-0111
福岡県宗像市吉田966
増福院(ぞうふくいん)

増福院は、白山の麓(ふもと)にある禅宗のお寺です。
天文21年(1552年)3月、宗像大宮司氏雄(うじお)卿の正室・菊姫とその母山田局(つぼね)、それに侍女の4人が、謀反(むほん)を企てた家臣によって謀殺されてしまいます。
その後、謀反者は怪死、宗像一円には飢饉(ききん)や疫病が相次ぎ、これを6人の怨念とみた和尚がこの地に同院を開山、6体の地蔵を安置したところ、程なく祟りはおさまりました。
山田局が我が子の命を懇願したことから、親の子に対する願いは必ず聞き届けられるといわれ、安産や子育てなど、子どもの無病息災を願う人々が訪れています。
春季大祭には、臨時バス、マイカーなどで大勢の人が訪れます。露店がならび、年に1回の御本尊の6地蔵の御開帳が行われます。夜の8時からは本堂で菊姫惨殺の怪談話を聞くことができます。
このほか、秋には秋季大祭、正月には初地蔵が行われます。
境内の中国製の梵鐘(ぼんしょう)や、本堂の天井にある14代住職の手によるユーモラスな80枚の天井画など、見所も多いお寺です。
0940-33-8287
福岡県宗像市山田700
宗生寺(そうしょうじ)

宗生寺は永正元年(1504年)に、許斐城主多賀出雲守隆忠が亡父のために建立した、禅宗の名刹です。
山門は名島城の搦手門を移築したもので、釘は1本も使われていません。
桃山時代の武将で筑前領主の小早川隆景や黒田藩の保護を受け、名山として知られています。
境内には隆景公や宗像大宮司氏貞内室の墓等もあります。
美しい藤棚も見事ですが、宗生寺庭園と呼ばれるツツジ庭園が特に有名です。
その裏山には、奈良時代の曽・行基の作といわれる馬頭観音があります。
木造で高さ1mのこの観音像は、33年の間に2回しか公開されない秘仏です。
当時は牛馬の安全を願う参詣者が跡を絶たず、石段も牛や馬の歩幅に合わせて作られています。
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0940-36-2514
福岡県宗像市大穂(おおぶ)937
八所宮(はっしょぐう)

今から約2,000年前に神武天皇が日向から東征の際、赤い馬に乗った神が現れ道案内をしたことから、宗像市赤間(馬)の地名の起こりと伝えられいます。
神武天皇のご神託で674年より現在地にまつられています。
本宮は古くから赤間の庄11ヶ村(現本宮周辺の集落)の総鎮守として交通安全、開運、縁結び、安産の守護神として厚く崇敬されています。
八柱*の神を祀っていることから八所宮と言われています。
毎年10月上旬には八所宮秋季大祭が行われ、大名行列を模したご神幸に始まり、宮司、神輿(みこし)と続きます。
約200年の伝統を持つ祭りで、総勢200人ほどの氏子が、八所宮から1キロほど離れた釣川縁の仮宮まで、1時間以上かけてお下りをします。そこでしばし神輿がお泊まりをした後、深夜1時頃から、暗闇の中を行列は再びお宮に戻ります。行列の脇には例年、深夜にもかかわらず多くの見物客が訪れます。
0940-33-4467
福岡県宗像市吉留3186
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泥土煮の尊(ういじにのみこと)、 沙土煮の尊(すいじにのみこと)、 大戸の道の尊(おおとのじのみこと)、 大戸の辺の尊(おおとのべのみこと)、
面足の尊(おもだるのみこと)、 綾かしこねの尊(あやかしこねのみこと)、 いざなぎの尊(いざなぎのみこと)、 いざなみの尊(いざなみのみこと)
織幡神社(おりはたじんじゃ)

鎮国寺と宗像大社三社、そして織幡神社を加えて宗像五社といわれ、宗像地域では古くから宗像大社に続いて朝廷の尊崇が厚かったことが知られています。
鐘ノ岬に位置するこの神社は、宗像大社の末社でもあり、本社には本地如意輪観音がお祀りしてあります。
参道には、沈鐘伝説*のもととなった大きな岩を見ることができます。
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その昔、鐘崎の沖には海人の間で鐘の形をした何かがあると古くからいわれていました。
大正時代になり山本菊次郎という人が巨費を投じて引き上げたのが鐘に似た岩だったといわれています。
福岡県宗像市鐘崎